台湾いちご狩り園ののうるるん紀行(その2;11月16日の午後)

最高気温13度、最低気温3度
 台湾のイチゴ栽培者との交流も今回で4回目です。今回は少し気になることがありました。昨日黄さんのお父様が日本のために戦争に行かれたことをお聞きしました。
 今回は、台湾の政府関係者が日本からイチゴの栽培の指導に館長が来ると言うことで、取材及び撮影に来られていました。
 その取材にこら手た皆さんのシャツには、”還我祖霊”とありました。どんな意味かお聞きしたところ、日本のために戦って戦死された台湾の皆さんが、日本の靖国神社に納骨されています。
 台湾の皆さんは、このお骨を台湾に返してほしいそうです。靖国神社は了解したそうですが、政治的な問題に発展してお骨を返して盛られなくなったそうです。
 日本は戦争と言う問題で、アジアの国々に迷惑を掛けたことを反省しなければならない。なぜ、靖国神社のお骨を台湾などの祖国の皆さんにお返しできないのか不思議でならない。
館長は、争いの無い世界が早く来ることを望んでいます。
 写真1は、館長を取材に来た台湾政府の方です。3名来られました。そのシャツに”還我祖霊”と印刷してありました。
 写真2は、昼食。
 写真3は、山のふもとのイチゴ園。高設栽培で3段ベットでした。
 写真4は、同じく山のふもとのイチゴ園。高設栽培でしたが、イチゴの株が一番大きく、生育が良かった。しかし大きくなりすぎて花芽が遅れていました。
 写真5は、山のふもとのイチゴ園。5月と6月に台湾に行った時は、トウモロコシや豆が植えてあったのでイチゴ園の多さに気がつきませんでした。今回は全てイチゴが栽培されていました。栽培面積は静岡県の石垣イチゴ園より広いでしょう。
 写真6は、沢山の人で、イチゴの畝にマルチを張っていました。山のふもとのイチゴ園では、台風で2回イチゴが流されて植えなおしをされたそうです。特に季節はずれの10月末の台風は、台湾を直撃した上にスピードが遅く雨が滝のように降ったとか。例年より遅く植えたので、全体的にイチゴの苗は小さかった。マルチは、銀色でした。3〜4月の暑さを考慮して日本のような黒色を使わないようだ。
 写真7は、草取りをしている写真。日本と同じように小さな車が付いた台車に腰掛けて作業をしていました。パートさんの時給は、日本円で時間200〜300円。日本のパートさんは月10万円ぐらい稼ぐと言ったら、台湾の大卒の初任給と同じと驚いていました。
 写真8は、このイチゴ園の農協が経営する直売店。前回同様イチゴの食品やイチゴグッツが沢山売られていた。館長は色々な実が詰め合わせになっているものを400円で購入。18日に桃園市の市場に行くと、同じものが250円で売られていた。少し頭に来た!今回もイチゴの香りが付いたフランクフルトを買っていただいたので、食べたがまずく感じた。何でもイチゴの香りが付けてある。
 写真9は、一昨年皆さんと当館に来られた張さんのイチゴ園での記念撮影。張さんのお父様も日本語はぺらぺらです。葉欠きや一芽仕上げの話は、拒否されました。
 写真10は、出荷が始まったイチゴ。全体的に小粒です。でも値段はよいとのこと。聞いてみると1Kgで800円。
 写真11は、10月の大型台風で張さんの家の近くの橋が崩れました。いちご狩りに来られるお客様は遠回りになるとかで、困っておられました。
しかし、台風の恐ろしさをまざまざと見せつけられました。
 写真12は、近くの尼寺に行く。台湾の皆さんのイチゴの成功を今回もお祈りして来ました。皆さんはイチゴの栽培に成功して当館に来るのが楽しみらしいです。館長も是非成功するよう応援します。
 写真13は、珍しい果物の木を尼寺で見つけました。一見パンの木に見えますが○○ミツの木と書いてありました。甘い香りがして美味しそうでした。その木には、沢山のリスがいて、この実を食べていました。実が硬くあまり台湾の人は食べないので販売はされていないそうです。
 写真14は、ようやく夕食の時間になりました。皆さんとそろって夕食を食べると本当に美味しい。今日のメインは、中央の鴨鍋です。しかし肉が硬くて、文字通り館長の歯では、歯が立たなかった。皆さん歯が良いので美味しそうに食べておられました(うらやまし〜い!)。豚肉も油がたっぷりと言うより肉の半分以上が油。油好きの館長も沢山は食べれない。
このあと、皆でイチゴの栽培の話に花が咲く。
 明日もイチゴ栽培の指導を頑張るぞ!

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